「時系列ランダム性分析」の機能

時系列データに「意味」や「因果関係」を見出すことの必然性を問う、PARAs AIの「時系列ランダム性分析」の数理的背景について

「時系列ランダム性分析」の機能

問題設定:時系列データを用いた「バイアス」は如何にして可能になっているのか

PARAs AIで実装されている「時系列ランダム性分析」の機能は、「時系列データを用いたバイアス」を発見するための機能です。ここでいう「時系列データを用いたバイアス」とは、主にマスコミュニケーションやソーシャルメディア上のコミュニケーションで形成される傾向にある「バイアス」の一種を意味します。この「バイアス」は、統計の誤用として生じる傾向にあります。早計な一般化、誤った因果推論、権威に訴える論証のように、様々な「誤謬」をもたらし得るのが、この「バイアス」の特徴です。

わかり易い例となるのが、政府統計の時系列データを引き合いに出すことで実践される経済政策、財政政策、金融政策などの「評価」です。政策を肯定する内容であれ、否定する内容であれ、こうした「評価」は、政策の成否を時系列データで「説明」するという形式を取ります。

この場合、政策の成功/失敗の原因は、その時系列データの変動に「帰属(attribution)」されます。厳密な科学・学問の領域でのコミュニケーションとは違い、マスコミュニケーションやソーシャルメディア上でのコミュニケーションでは、この帰属の妥当性は――その帰属が不都合だと思う人々が表れない限りは――あまり問われません。成功/失敗の原因がその時系列データ以外にもあり得る可能性や、そもそもその因果関係の主張が科学的に「偽」となる可能性は、あまり問われないのです。

もしこうした可能性が積極的に問われることがあるなら、そのコミュニケーションはマスのコミュニケーションではないでしょう。それは、科学・学問の領域の、とりわけ統計の専門性を前提とした別のコミュニケーションであるということになります。

いずれにしても、そうした「評価」の実践者たちは、当の時系列データに「意味」や「因果関係」を見出していることになります。正しいか否かはともかく、「見出している」というのは確実です。その「評価」の実践者が「人間」であれ、「生成AI」であれ、「AIエージェント」であれ、このことに変わりは無いでしょう。

PARAs AIの「時系列ランダム性分析」の機能は、こうした時系列データに「意味」や「因果関係」を見出すことの「必然性(Necessity, Notwendigkeit)」を問う機能です。PARAs AIは、分析対象として指定された文書内の自然文/生成文を分析することで、「時系列データを用いたバイアス」が孕んでいる疑いがある場合に、対象文書内で言及されている時系列データを対象に、その「ランダム性(Randomness)」を幾つかの観点から分析します。

時系列データの動きを政策の成功/失敗の原因に帰属する主張に対し、時系列ランダム性分析が、そのデータがランダムかどうかを確かめて二つの結論に分岐する流れ図

もし対象の時系列データが完全に「ランダム」に変動しているのであれば、その時系列データと人間の社会的な活動との間には、どのような関連もありません。この場合、その時系列データを観測したところで、人間の何らかの政策を「評価」することは不可能です。その時系列データに成功/失敗の原因を帰属することは不可能であるということです。何故ならこの場合、人間がどのような意思決定、目的設定、選択、選好、価値判断を実践しようとも、その時系列データはそれらの活動とは全く無関係に変動するためです。

二つの時系列の折れ線グラフ。一方は乱数だけで生成した系列だが、見た目だけでは偶然の変動と区別がつかない場合があることを示す説明用のシミュレーション

人間の社会的な活動の成功/失敗の原因をその時系列データに帰属できるのは、少なくともその時系列データの特徴が「ランダム」ではない場合に限られます。これは、時系列データに「意味」や「因果関係」を見出し、帰属先として参照する上では、避けられない必要条件です。

「時系列ランダム性分析」の機能を搭載しているPARAs AIは、分析対象となった時系列データの「ランダム性」を検証することで、分析対象として指定された文書内の自然文/生成文で展開されている論理展開や因果推論の妥当性を分析します。この分析の結論は、大別するなら以下のいずれかに向かいます。

  • その時系列データが「ランダム」である場合には、その時系列データに「意味」や「因果関係」を見出す必然性が無いと結論付けます。
  • その時系列データが「ランダム」ではない可能性がある場合には、その時系列データに「意味」や「因果関係」を見出す必然性が無いとは言い切れないと結論付けます。

「必然性が無い」という命題と「必然性が無いとは言い切れない」という命題は、エビデンスを提示する統計的なデータ分析から得られる結論に比べれば、いずれも強い主張ではありません。しかしこの程度の可能性を指し示す分析であっても、「時系列データを用いたバイアス」の発見を促すことは可能です。この命題は「別様の可能性もあり得る」という命題として再記述できます。この「時系列ランダム性分析」の機能は、更なる分析の必要性と別様の結論の可能性を指し示すのです。そうすることで、「時系列データを用いたバイアス」がどのような可能性を無視、忘却、あるいは隠蔽することで成立しているのかを明快にするのが、PARAs AIの分析結果となります。

この「時系列ランダム性分析」の機能の由来は、金融市場における株価や価格の時系列データを巡る近代のファイナンス理論の歴史に見出すことができます。しかし「時系列ランダム性分析」の機能は、こうした理論をそのまま「横展開」している訳ではありません。各専門領域を横断する機能的な比較の観点から、それぞれの統計的なデータ分析方法を抽象化することで導入されています。

以下では、ファイナンス理論の歴史を俯瞰しつつ、「時系列ランダム性分析」の機能の数理的な背景を記述していきましょう。

問題設定:時系列データの予測不可能性

顕微鏡で水面に浮かべた花粉を観測してみると、花粉粒子は時間と共にアトランダムな動作を繰り返しながら拡散していくことがわかります。この現象は、その発見者であるロバート・ブラウンに因んで、「ブラウン運動(Brownian motion)」と名付けられました。

熱力学によれば、ブラウン運動とは、熱運動している他の多くの粒子から不規則な衝撃を受けている粒子の運動です。粒子と粒子の衝突が一つ一つ識別できるほどに時間間隔を大きく取れば、この運動は微分不可能となります。ブラウン運動では、ある時間内で任意に規定した一定方向の運動の成分の二乗平均が、その時間の長さに比例します。尚且つ、互いに重なり合わない時間内に生じる運動は、確率論的に独立です。

近代のファイナンス理論では、株価は基本的にブラウン運動に従うと想定されていました。投資家や投機家は、この株価のブラウン運動を「ランダムウォーク(Random walk)」という概念で再記述していました。それは、金融市場の動力学を前提とした上で、市場における金融商品の価格は予測不可能であることを指し示す概念に他なりません。

1905年、アルバート・アインシュタインは衝突する気体分子の研究からブラウン運動に理論的な解説を加えました(Einstein, A., 1906)。量子力学と熱力学と統計力学はこの研究を契機に深化され始めたとも考えられます。しかしアインシュタインのブラウン運動に関する研究は、既に1900年の時点で、フランスの数学者ルイ・バシュリエの博士論文(Bachelier, L., 1900)によって先取りされていたとも言われています(竹田, 2009., pp2-3.)。特筆すべきなのは、この博士論文の主題が『投機の理論(Théorie de la spéculation)』であるという点です。つまり根源的にブラウン運動は、運動する粒子ではなく、金融市場の営みの中から発見されていたのです。

アルフレッド・コールズ三世が1933年に提出した「株式市場の予測者たちは予測できているのか」と題する論文は、最も早期に提起されたランダムウォーク仮説の実証研究の一つです。この論文の参照問題もまた価格変動の予測不可能性に他なりません。この論文では、株価の予測者たちの投資情報サービスを精査することにより、その通りに株式を売買した場合のパフォーマンスが詳細に検証されています。

「株価予測の代理人たちの平均的なパフォーマンスは、純粋な偶然(pure chance)に基づくあらゆる投資のパフォーマンスの平均値を約4%下回ると結論付けられます。」

Cowles 3rd, A. (1933). Can stock market forecasters forecast?. Econometrica: Journal of the Econometric Society, 309-324., 引用はp.318より。

モーリス・ケンドールが1953年に提出した論文もまた、「偶然(chance)」を比較の観点に採用している実証研究となっています。

「もし時系列が均質ならば、ある週から次の週への価格の変化は、その週からその次の週への変化とは実質的に独立しているように思われます。これだけでも、時系列それ自体から週ごとの価格を予測することが不可能である点を指摘するのは十分です。加えて、もし当の時系列が現実的に彷徨っている(wandering)のならば、そうした時系列の中で『観測される』であろうトレンド(trends)や周期(cycles)のような体系的な運動は、いずれも幻想(illusory)となります。そうした時系列は『彷徨っている』ように見えます。恰も偶然の悪魔(the Demon of Chance)が、その分散が一定となる対称的な母集団から一つの数値を週に1回アトランダムに抽出して、それを今週の価格に加算し、来週の価格を決定しているかのようです。」

Kendall, M. G., & Hill, A. B. (1953). The analysis of economic time-series-part i: Prices. Journal of the Royal Statistical Society. Series A (General), 116(1), 11-34., 引用はp13より。

これらの実証研究の報告は、チャートを用いた株価の分析の可能性を一掃すると共に、ランダムウォーク仮説を強調する事例として注目を集めました。ケンドール論文では「悪魔(the Demon)」の概念で叙述されていた「偶然(Chance)」という概念は、後の1959年、ハリー・ロバーツによる「モデル化」の対象となりました。

「ケンドールが発見したのは、証券価格の変化は、それが適切に設計されたルーレットによって生成されたかのように振る舞うということです。そのルーレットの結果はいずれも過去の歴史からは統計的に独立しており、それらの相対的な頻度は時間を通じて合理的に安定化しています。このことが意味するのは、一度ルーレットの異なる結果に関する相対的な頻度(確率)についての良き測定を可能にする十分な根拠を蓄積したなら、プレイヤーはこれらの相対的な頻度のみに基づいて予測を実行し、現在のルーレットにおけるスピンのパターンには何ら注意を払わないということです。現在のスピンがプレイヤーの予測に関連付くのは、このスピンによって相対的な頻度をより精確に測定できるようになる場合に限られます。このギャンブルの表現で言えば、ルーレットは『記憶を持たない』のです。」

Roberts, H. V. (1959). Stock-market "patterns" and financial analysis: methodological suggestions. The Journal of Finance, 14(1), 1-10., 引用はp3より。

この関連からロバーツはコンピュータを利用することで価格変動のシミュレーションを実行しました。その際、相場の水準(levels)は、「偶然モデル(chance model)」によって出力された結果の累積によって生成されたかのように変動するモデルとして記述されています。例えば「正規分布(Normal distribution)」を仮定するなら、そのサンプリングは、週ごとの変化の平均とその標準偏差が与えられることで可能になります。価格変動のシミュレーションは、この株価の変化値を累積的に加算していくことによって実現します。チャート分析ではお馴染みの「ヘッドアンドショルダーズ(head and shoulders)」や、ダウ平均の水準の推移までも人工的に再現することができます。

ロバーツの研究が指し示しているのは、株価の週ごとの変化は乱数で生成された時系列と識別が付かないという点です。それはテクニカル派の方法論的陥穽を主張すると共に、ランダムウォーク仮説を肯定する有力な動機を提供しています。

問題解決策:「テクニカル」と「ファンダメンタルズ」の区別

投機は「偶然のゲーム(a game of chance)」ではないというのが、ランダムウォーク仮説に対する投機家たちの反論でした。かの「ダウ理論(Dow's Theory)」を世に広めたS・A・ネルソンの"The ABC of Stock Speculation"によれば、運や偶然に委ねるだけの賭けは「ギャンブル(gambling)」なのであって、投機からは区別されます。投機には、この場合のギャンブルとは異なり、知的な努力が必要になるのだといいます(Nelson, S. A., 1912)。

ここでいう知的な努力とは、未来の株価を予測することなのだと思われるかもしれません。実際、チャートの分析に注力するテクニカル派のアナリストたちが実践している未来予測は、このダウ理論から影響を受けて成り立っています。彼ら彼女らは自らがチャールズ・ダウの訓えから予測の方法を学んだと考えています。

「ダウ理論」が脚光を集めて以来、多くの投資家たちの観点が、トレンド(Trend)や反転シグナル(reversal signal)、ローソク足(Candlestick)などのように、様々な株価チャートの形態に向けられてきました。その分析の理念は、株式投資に関わる全ての情報が株価チャートに埋め込まれているという前提から成り立っています。株価と日数のような指標が全てであって、それ以上に「本質的(fundamental)」な指標は無いと考えます。

背景にあるのは、経済学や近代ファイナンスの領域で導入される傾向にある「投機(speculation)」と「投資(investment)」の区別です。この区別は、「ファンダメンタルズ(Fundamentals)」と「テクニカル(technical)」の区別によって再記述される傾向にあります。長らく株式の投資家たちの間では、本質の分析(Fundamental analysis)を重視する「ファンダメンタルズ派」とチャートのテクニカルな分析(Technical analysis)に専念する「テクニカル派」の論争が繰り広げられてきました。

問題解決策:「正規分布」と「べき分布」の区別

しかしこのような二項対立図式を参照するよりも、ランダムウォークが数学や統計学ではどのように扱われてきたのかという歴史を参照するのが、時系列データの分析一般に資する発見が得られます。経済学や近代ファイナンスにおける価格の変動モデルは、専ら正規分布の仮定の下に記述されてきました。これに対して、フランスの数学者のブノワ・マンデルブロは、しばしば価格変動は「べき分布(Power distribution)」に従うことがあるといいます。

べき分布とは、分布関数がべき乗則に従う分布を意味します。べき乗則とは、ある量が別の量のべき乗に従う法則を意味します。例えば正方形の面積は一辺の長さの二乗に比例して増加します。万有引力の法則においては、引力は距離の二乗に反比例します。べき乗則は数学や物理学に限らず、経済学の概念にも適用されています。その最も著名な例となるのが、ヴィルフレド・パレートが発見した法則です。

パレートの法則

パレートによれば、社会の上流階級における所得の配分もまたべき乗則に従っています。その「パレートの法則」が明かすところによれば、多くの富はほんの少数の富裕層に集中しています。このことが意味しているのは、富の配分を構造化しているのが、正規分布ではないということです。もし富の配分が正規分布に従っているのなら、平均的な所得の人々が最も多く、より平等に所得が分布しているはずです。しかし、現実はそうなっていません。

パレートが記述した公式は次のようになります。

P(u)=(um)−αP(u) = \left(\frac{u}{m}\right)^{-\alpha}

この公式が指し示しているのは、どの程度の割合の人々が、ある水準uu以上の所得を得ているのかです。ここで、mmは対象群の年間最低所得を表します。α\alphaはユーザー定義のパラメタで、パレートによれば、2分の3程度が妥当するといいます。例えば、u=107120u=107120で、m=10712m=10712の場合、um=10.0\frac{u}{m} = 10.0となります。そのため、α=32\alpha=\frac{3}{2}とするなら、P(107,120)=(10)−32=0.032P(107,120) = \left(10\right)^{-\frac{3}{2}} = 0.032となります。通貨単位をドルとするなら、この場合、年間所得が107,120ドルの人々の割合は、所得者の3.2%3.2\%になります。

このように、パレートは、アダム・スミス以来の社会哲学的な経済学をデータと数式を用いる新しい経済学へと転回しました。パレートの経済学は、富と権力を主題としています。それは、富の獲得や分配が如何にして可能になるのかという問題設定から始まりました。そのため、彼は裕福さを定量的なデータで測定することで、「持つ者」と「持たざる者」の区別を導入したのです。

パレートは、所得によって人間を分類し、それぞれの層に属する人々の人数を数えました。そして、所得と人数の分布をプロットすると、どの時代のどの国の分布も同じような形になりました。現代では、この分布はべき分布であることがわかっています。

社会の「ピラミッド」は、貧困層から裕福層への階層構造によって成り立っているのではありません。圧倒的大多数の低所得者が社会の大半を占めている一方で、分布の頂点には少数のエリートが位置しています。富と権力は、この頂点に集約されています。エリートは、別のエリートに地位を奪われた場合か、あるいは革命や紛争によって命を落とさない限りは、その地位に居続けることができます。

パレートの経済学に対する貢献は、所得と人数の関連に限らず、様々な経済的事象にもべき乗則が適用され得るという着想を与えた点にあります。その一例となるのが、価格変動モデルです。

マンデルブロは、このべき乗則と価格変動の関連性を分析しています。チャートのデータを観れば、大部分は小さな価格変動で、「危機」と呼べるほどの大きな価格変動は稀にしか起こりません。これは、圧倒的大多数が低所得者で、富裕層はごく少数に限られるというパレートの調査結果と類似しています。マンデルブロが述べているように、いずれも共通して、実は正規分布には従っていないのです。

しかし、「パレートの法則」と価格変動との間には、差異もあります。価格のチャートには、時間のスケールを変えても同一に視える性質があります。4時間足、日足、週足など、価格のチャートの時間スケールを変えても、同じような変動が入り混じった変動になっています。価格には大きな変動もあれば、小さな変動もあります。大きな変動が持続している個所を拡大してみると、その中には更に大きな変動と小さな変動が入り混じっています。価格には、<大きな変動>と<小さな変動>の区別が再帰的に導入されています。一方で「パレートの法則」は、時代に左右されない普遍性を目指しています。そのため、価格変動のような時間スケーリングは見受けられません。

問題再設定:時系列データは予測可能なのか

価格のチャートは、長い時間スケールの波に小さな時間スケールの波を重ねていったような形態を描いています。ですが、この変動の間欠的な振る舞いや不規則な上下運動は、回転、波、あるいはその他の規則的で完全に制御された力学系が生み出す振動とは全く異なります。

しかし一方でこの価格変動には、その背後に何らかの系(System)が存在するかのような振る舞いを示すこともあります。テクニカル派が「トレンド(trend)」と名付ける事象は、この一例です。恰も波には「記憶(memory)」があり、現在の波が過去の波の記憶に準拠した上で展開されているかのように、価格変動が生じる場合があります。実際、価格変動が大きな状態では、一度実現すると、その変動の方向性が持続する場合があります。また、場合によっては、同じ方向の変動が想定される確率以上に続くこともあります。尤も、そうした傾向は突然止まる可能性も否定できません。突如逆向きの変動が生じる場合もあり得ます。

こうした価格変動の特性は、バシュリエ以来のランダムウォーク仮説を否定しています。尤も厳密には、この特性は、ランダムウォークが時系列データの特徴の一つに過ぎないという点を明かしています。価格変動は、ランダムウォークになる場合もあれば、ならない場合もあります。重要なのは、その時系列データが統計的にどの程度ランダムウォークに近いのかです。

近代ファイナンスはランダムウォーク説を自明化する一方で、国内総生産(gross domestic product:GDP)、インフレ率、失業率などといった経済指標に関しては、一定の相関があることを想定しています。ここで着目しなければならないのは、その相関の度合いや持続時間です。相関の度合いは相関係数で計測できます。ですが持続時間の観察は、そう単純ではありません。価格のチャートを参照する分析者たちは、多くの場合、4時間足や日足、週足や月足などの時間スケールで、価格変動を観察します。テクニカル分析においては、今月までの価格変動が、翌月の価格変動に影響を及ぼすと仮定される場合もあります。

これに対し経済学者たちは、景気循環(business cycle)に準拠して、より長い期間を想定します。実際、マンデルブロが着目しているように、経済学者たちが頻繁に取り扱うGDPのような経済指標には、2年以上長い期間でも弱い相関が見受けられるといいます。つまり、ある年のGDPが増加すれば、その2年後のGDPも増加している可能性があるというわけです。

この関連からマンデルブロは、相関と時間との間に興味深い関連があるといいます。相関は、期間が長くなればなるほど減衰していきます。しかし、どれ程長い期間であっても、完全に00になるわけではありません。長時間であるからといって、相関が無いとは言い切れないのです。

過去の事象は、長時間離れた未来の事象に対しても影響を与えます。この事象間の相関を特に「長時間依存(long‐time dependency)」といいます。もしある時点の価格が、遠い未来の価格にも影響を及ぼす可能性があるとすれば、価格には長時間依存が生じていると考えられます。ですが長時間依存があり得るとすれば、価格変動はランダムウォークではないということになります。言い換えれば、長時間依存があり得るとするなら、価格変動には何らかの法則があるということになります。

問題解決策:R/S解析

その一つの例となるのが、バシュリエ以来のランダムウォーク説の背景にある「時間の平方根の法則(the square–root–of–time rule)」です。この法則は、ある時間経過した後の価格がどの範囲にあり得るのかについて、目安を与えてくれます。例えば、100日間における変動の幅は、1日における変動の幅の10倍になります。

しかし、マンデルブロが指摘するように、もし通貨の交換レートが「時間の平方根の法則」よりも速く拡散するとすれば、この法則は、少なからず価格変動の予測モデルとしては、通用しなくなります。もし価格変動に長時間依存があり得るなら、ある日の価格の変動と同じ方向のトレンドが翌日以降も持続した場合に、大きな価格変動へと結実していきます。短期の目線では無論、逆向きに反発する場合もあります。ですが長期で観れば、価格は出発点から大きく離れた場所に到達します。つまり、ブラウン運動のような揺らぎだけでは到底到達し得ない場所まで到達する可能性があるわけです。

そこでマンデルブロは、「時間の平方根の法則」にHHという指数を導入しています。Hという用語の由来の一つとして、ナイル川の洪水の問題に取り組んだハロルド・エドウィン・ハーストの貢献を挙げられます(Mandelbrot, B., & Hudson, R. L., 2007)。ハーストは、洪水のデータを観察することで、洪水が如何にして可能になるのかを分析しました。

ハースト以前の研究者たちは、年度ごとの川の水量の変動は統計的に独立であると仮定していました。バシュリエ以来のランダムウォーク説と同じように、平均的な水量の変動やその標準偏差を見積もる程度の計算しかしていなかったのです。しかしハーストによれば、この計算は不正確でした。確かに、1回ごとの数量の分布を観察してみれば、それが正規分布に従っていることは確認できていました。ですが、異常気象の存在が水量の複合性を増大させていました。ある年に洪水が発生すると、その余波により、翌年も洪水が発生する可能性が高まります。

そのためハーストは、洪水の水量の変動幅や規模ではなく、その持続性に着目しました。そして彼は、どの程度の規模のダムがあれば、洪水に耐久し得るのかを見積もるための公式を提唱しました。この公式は、まず各年の平均の降水量、もしくは川の水量を参照します。そして、全ての年の量の平均値を基準に、偏差を求めます。例えばニューヨークの平均降水量が4242インチで、4年間の年間降水量がそれぞれ4343インチ、4545インチ、3636インチ、そして4444インチであるとすれば、偏差の系列データは[1,3,−6,2][1, 3, -6, 2]となります。この累積和を取ると、[1,4,−2,0][1, 4, -2, 0]となります。次に、この系列の累積和における最大値と最小値を抽出し、その差分をRRとするなら、R=4−(−2)=6R = 4 - (-2) = 6となります。この時、RRと観測データとの間には次のような関連が成り立ちます。

log⁡(Rσ)=Klog⁡(N2)\log \left( \frac{R}{\sigma} \right) = K \log \left(\frac{N}{2}\right)

ここで、σ\sigmaは1年ごとの変動の標準偏差を、NNは観測した年数を、KKはべき乗則の指数を表します。上式を展開すると、RRは次のようなべき乗の計算結果として求められます。

R=σ(N2)KR = \sigma \left(\frac{N}{2}\right)^K

この式からわかるのは、洪水の水量の累積変位のボラティリティが、「時間の平方根の法則」には従っていないということです。もしこの法則に従っているのなら、K=0.5K=0.5になるはずです。しかしハーストの調査によれば、K=0.73K=0.73になるといいます。つまり洪水の水量には、「時間の平方根の法則」で予測されるよりも大きなボラティリティが生じ得るのです。

マンデルブロはこのハーストの公式を拡張することで、「ハースト指数(Hurst Exponent)」と呼ばれる変数H(0≤H≤1)H (0 \le H \le 1)を導入しました。「時間の平方根の法則」に従うランダムウォークを前提とするなら、H=0.5H=0.5となります。

一方、価格変動の幅が時間のべき乗則に従う場合には、HHは00から11までの連続的な値を取ります。例えばH=0.9H=0.9の場合は、価格変動の幅は大きくなり、変化は急速に進みます。ですが常に同じ方向に変動するわけではありません。時には反発する場合もあります。反発もまた激しい変動になります。そのため全体としての分布は正規分布のベル型に近付くようになります。

逆に、H=0.1H=0.1のような比較的小さな値を取る場合、価格変動の幅は小さくなります。ある時点で上の方向へと変動したとしても、次の時点では直ぐに下の方向へと反発します。

形式的に言えば、H=0.5H=0.5となる価格の変動は、ランダムウォークとなります。H>0.5H > 0.5の場合、価格変動には長時間依存が生じています。そしてH<0.5H < 0.5の場合、比較的小さな幅での価格変動が長時間続きます。マンデルブロは、このハースト指数に基づいた長時間依存の解析方法として、「R/S解析(Rescaled Range Analysis: R/S Analysis)」を提唱しています。これはスケール変換を伴わせた解析方法で、平均や標準偏差のようなモデルを事前に仮定せずに特徴を抽出するノンパラメトリック検定の一種となります。次式のように、この解析で実行されるのは、<想定した期間における最大値と最小値の差異>と<アトランダムを想定した場合の変動幅>の比較です。

R=max⁡1≦k≦N∑j=1k(rj−rˉN)−min⁡1≦k≦N∑j=1k(rj−rˉN)R = \max_{1 \leqq k \leqq N} \sum_{j=1}^k(r_j - \bar{r}_N) - \min_{1 \leqq k \leqq N} \sum_{j=1}^k(r_j - \bar{r}_N)

S=[1N∑j(rj−rˉN)2]12S = \left [\frac{1}{N}\sum_{j}^{}(r_j - \bar{r}_N)^2 \right]^{\frac{1}{2}}

ここで、NNは観測データの件数、時系列データで言えば経過時間を表します。rˉN\bar{r}_NはNN件の収益の平均値を表します。時点kkにおける価格をpkp_kとするなら、収益は次のように計算できます。

rk=log⁡(pkp(k−1))r_k = \log \left( \frac{p_k}{p_{(k-1)}} \right)

RRは<想定した期間における最大値と最小値の差異>で、収益r1,...,rk,...,rNr_1, ..., r_k, ..., r_Nにおける変動幅を表します。一方SSは<アトランダムを想定した場合の変動幅>で、標準偏差を表します。もし変動が独立であるなら、RRとSSの比は2:12:1となります。

ハースト指数の導入で想定されるのは、時系列データの変動幅がべき乗則に従うということです。だとすると、変動幅の比もまた、何らかのべき乗則に従うことになります。「時間の平方根の法則」をハースト指数で拡張するなら、RS\frac{R}{S}は時系列データの経過時間の関数となります。

RS=(Nα)H\frac{R}{S} = \left(\frac{N}{\alpha}\right)^H

ここで、NNは観測データの件数、すなわち経過時間を表します。一方、α\alphaはユーザー定義のパラメタで、パレートの公式におけるα\alphaにも由来します。正規分布が仮定される場合、一般的にはα=2\alpha = 2が採用されます。ランダムウォーク説では標準偏差によって、市場のリスクが見積もられます。この市場のリスクが高いと想定される場合には、α\alphaにはより低い値が割り当てられます。この場合、市場はべき乗則を背景とする突然の価格変動が起き易いと想定されます。逆に、α\alphaがより高い値で設定されるのは、市場の価格変動が正規分布を仮定したランダムウォークの振る舞いに近付くと想定される場合です。

両辺の対数を取ると、

log⁡(RS)=Hlog⁡(Nα)=Hlog⁡(N)−Hlog⁡(α)\log\left(\frac{R}{S}\right) = H \log\left(\frac{N}{\alpha}\right) = H \log(N) - H \log(\alpha)

故に、

H=log⁡(RS)log⁡(Nα)H = \frac{\log \left(\frac{R}{S}\right)}{\log\left(\frac{N}{\alpha}\right)}

問題解決策:修正R/S統計量

マンデルブロのR/S解析は、ナイル川の水位の変動を観察評価したハロルド・エドウィン・ハーストの貢献から着想を得て確立されています。マンデルブロが記述したハースト指数は、観測対象となる時系列データがどの程度ランダムウォークに近いのかを定量的に比較することを可能にする指数として参照される傾向にあります。

しかしR/S解析には、その解析結果の統計的な有意性を検証する枠組みがありません。より厳密に言えば、この解析でも有意性を形式的には主張できます。ですが、時系列データに短期依存性が生じている場合、R/S解析は、その解析結果を誤って有意と判定し易くなってしまいます。そこで、その埋め合わせとして導入されたのが、「修正R/S統計量(Modified Rescaled Range Statistic: Modified R/S Statistic)」(Lo, A. W., 1991)です。

Lo, A. W. (1991)の修正R/S統計量のモデルは、株式収益率Xt≡log⁡Pt−log⁡Pt−1X_t \equiv \log P_t - \log P_{t-1}という具体的な系列を対象としています。ですが、修正R/S統計量の理論そのものは、後述する条件を満たす任意の実数値時系列{Xt}\{X_t\}に対して適用可能です。すなわち、この検定手法は特定の資産価格モデルに依存するものではなく、一般の時系列の長期記憶性を検定するための統計的な方法です。

一般化の条件

一般化の条件は以下の通りです。

  • 系列{Xt}\{X_t\}は、ある定数項μ\muと誤差項(擾乱項)ϵt\epsilon_tの和としてXt=μ+ϵtX_t = \mu + \epsilon_tと記述できます。ここで、μ\muは系列の水準を表す任意の固定パラメタです。これは必ずしも「期待収益率」のような経済的な指標である必然性はありません。
  • 誤差項{ϵt}\{\epsilon_t\}が、後述する帰無仮説の条件(A1A1)〜(A4A4)、あるいはそれに準ずる弱従属性の条件を満たします。
  • 分析対象が一つの実現値の系列として観測されます。そして、サンプルサイズnnを増加させる漸近理論が意味を持ちます。すなわち、時間方向に十分な長さの観測が得られます。

これらの条件が満たされる限り、XtX_tは株式収益率に限らず、任意の時系列に置き換えて解釈することが可能になります。

古典的R/S統計量

一般の時系列{Xt}\{X_t\}のサンプルX1,X2,…,XnX_1, X_2, \ldots, X_nを考えます。標本平均を

Xˉn≡1n∑jXj\bar{X}_n \equiv \frac{1}{n}\sum_{j} X_j

とすると、古典的なR/S統計量Q~n\tilde{Q}_nは次のように定義されます。

Q~n≡1sn[max⁡1≤k≤n∑j=1k(Xj−Xˉn)−min⁡1≤k≤n∑j=1k(Xj−Xˉn)]\tilde{Q}_n \equiv \frac{1}{s_n}\left[\max_{1 \le k \le n}\sum_{j=1}^{k}(X_j - \bar{X}_n) - \min_{1 \le k \le n}\sum_{j=1}^{k}(X_j - \bar{X}_n)\right]

ここで、sns_nは通常の最尤標準偏差推定量です。

sn≡[1n∑j(Xj−Xˉn)2]1/2s_n \equiv \left[\frac{1}{n}\sum_j (X_j - \bar{X}_n)^2\right]^{1/2}

この統計量の分子は、XjX_jの平均からの偏差の累積和が取り得る最大値と最小値の差です。これは、水文学的には「一定の放水量を保つために必要な貯水池の容量」として解釈されます。この解釈は経済データに限らず、任意の蓄積量や在庫量の変動を伴う系列に対して自然に拡張できます。

しかしこの統計量は、長期依存性(long-range dependence)だけでなく短期依存性(short-range dependence)にも敏感に反応してしまうという欠点を持ちます。例えば{Xt}\{X_t\}が定常AR(1)過程

Xt=ρXt−1+ϵt,ϵt∼WN(0,σϵ2),∣ρ∣∈(0,1)X_t = \rho X_{t-1} + \epsilon_t, \quad \epsilon_t \sim \text{WN}(0, \sigma_\epsilon^2), \quad |\rho| \in (0,1)

に従う場合、Q~n/n\tilde{Q}_n/\sqrt{n}の極限分布はξV\xi Vとなります。ξ≡(1+ρ)/(1−ρ)\xi \equiv \sqrt{(1+\rho)/(1-\rho)}、VVはブラウン橋のレンジです。これは経済データに限った現象ではなく、任意の分野で短期的な系列相関、すなわち「自己相関(autocorrelation)」を有するデータに共通して生じるバイアスです。

短期依存性についての帰無仮説

誤差項{ϵt}\{\epsilon_t\}に対して以下の短期依存性の条件を帰無仮説として設定します。これらの条件は特定の分野に依存しない一般的な確率過程の性質として記述されています。

  • (A1)(A1):E[ϵt]=0E[\epsilon_t] = 0(すべてのttについて)
  • (A2)(A2):sup⁡tE[∣ϵt∣β]<∞\sup_t E[|\epsilon_t|^\beta] < \infty(あるβ>2\beta > 2について)
  • (A3)(A3):0<σ2=lim⁡n→∞E[1n(∑j=1nϵj)2]<∞0 < \sigma^2 = \lim_{n \to \infty} E\left[\frac{1}{n}\left(\sum_{j=1}^{n}\epsilon_j\right)^2\right] < \infty
  • (A4)(A4):{ϵt}\{\epsilon_t\}は強混合(strong-mixing)であり、混合係数αk\alpha_kが以下を満たします。

∑j=1∞αj1−2β<∞\sum_{j=1}^{\infty} \alpha_j^{1-\frac{2}{\beta}} < \infty

条件(A1)(A1)は誤差項の中心化を要求するのみです。これは、どの分野のデータにも自然に課し得る条件です。条件(A2)(A2)〜(A4)(A4)は、有限分散、有限モーメントと、時間的依存性が十分速く減衰することを要求する条件です。ガウス型に限らず、多くの定常ARMA過程やそれに準ずる弱従属過程が満たす一般的な条件です。したがって、これらの条件を満たす限り、対象系列がどの分野に由来するのかは問題ではなくなります。

修正R/S統計量の定義

観測値X1,X2,…,XnX_1, X_2, \ldots, X_nが与えられた時、修正再基準化レンジQnQ_nは以下のように定義されます。

Qn≡1σ^n(q)[max⁡1≤k≤n∑j=1k(Xj−Xˉn)−min⁡1≤k≤n∑j=1k(Xj−Xˉn)]Q_n \equiv \frac{1}{\hat{\sigma}_n(q)}\left[\max_{1 \le k \le n}\sum_{j=1}^{k}(X_j - \bar{X}_n) - \min_{1 \le k \le n}\sum_{j=1}^{k}(X_j - \bar{X}_n)\right]

ここで、分母σ^n(q)\hat{\sigma}_n(q)は以下のように定義されます。

σ^n2(q)≡1n∑j=1n(Xj−Xˉn)2+2n∑j=1qωj(q){∑i=j+1n(Xi−Xˉn)(Xi−j−Xˉn)}\hat{\sigma}_n^2(q) \equiv \frac{1}{n}\sum_{j=1}^{n}(X_j - \bar{X}_n)^2 + \frac{2}{n}\sum_{j=1}^{q}\omega_j(q)\left\{\sum_{i=j+1}^{n}(X_i - \bar{X}_n)(X_{i-j} - \bar{X}_n)\right\}

=σ^x2+2∑j=1qωj(q)γ^j,ωj(q)≡1−jq+1(q<n)= \hat{\sigma}_x^2 + 2\sum_{j=1}^{q}\omega_j(q)\hat{\gamma}_j, \qquad \omega_j(q) \equiv 1 - \frac{j}{q+1} \quad (q < n)

σ^x2\hat{\sigma}_x^2とγ^j\hat{\gamma}_jは通常の標本分散および標本自己共分散推定量です。重みωj(q)\omega_j(q)はNewey, W. K., & West, K. D. (1986)に倣っています。これは常にバートレット窓(Bartlett window)を用いた周波数ゼロにおけるスペクトル密度関数の推定量として、正のσ^n2(q)\hat{\sigma}_n^2(q)をもたらします。

この分散推定量は、計量経済学のみならず、統計学、信号処理、時系列解析全般で用いられる標準的な方法です。対象データの分野はやはり問題にはなりません。ただし、一致性のためには以下の条件が必要とされます。

  • (A2′)(A2'):sup⁡tE[∣ϵt∣2β]<∞\sup_t E[|\epsilon_t|^{2\beta}] < \infty(あるβ>2\beta > 2について)
  • (A5)(A5):nnが限りなく増加するにつれ、qqもq∼o(n1/4)q \sim o(n^{1/4})を満たしながら限りなく増加します。

漸近分布

以下の標準化された和を考えます。

Wn(τ)≡1σnS[nτ],τ∈[0,1]W_n(\tau) \equiv \frac{1}{\sigma\sqrt{n}}S_{[n\tau]}, \quad \tau \in [0,1]

ここで、Sk≡∑j=1kϵjS_k \equiv \sum_{j=1}^{k}\epsilon_jは部分和です。条件(A1)(A1)、(A2′)(A2')、(A3)(A3)〜(A5)(A5)の下で、以下が成り立ちます。

1nQn ⇒ M∘−m∘≡V\frac{1}{\sqrt{n}}Q_n \ \Rightarrow\ M^\circ - m^\circ \equiv V

ここで、M∘M^\circとm∘m^\circはそれぞれW∘(0)=W∘(1)=0W^\circ(0) = W^\circ(1) = 0を満たすブラウン橋W∘(τ)W^\circ(\tau)の最大値および最小値です。この極限は関数中心極限定理(functional central limit theorem)に基づく一般的な結果です。VVの分布関数と密度関数はそれぞれ以下で与えられます。

FV(v)=1+2∑k=1∞(1−4k2v2)e−2(kv)2F_V(v) = 1 + 2\sum_{k=1}^{\infty}(1 - 4k^2 v^2)e^{-2(kv)^2}

fV(v)=8v∑k=1∞k2(4k2v2−3)e−2(kv)2f_V(v) = 8v\sum_{k=1}^{\infty} k^2 (4k^2 v^2 - 3)e^{-2(kv)^2}

E[V]=π2≈1.25,E[V2]=π26E[V] = \sqrt{\frac{\pi}{2}} \approx 1.25, \qquad E[V^2] = \frac{\pi^2}{6}

この極限分布は誤差項の生成手続きに依存しない普遍的な分布です。この分布は株式収益率に固有ではありません。すなわち、条件(A1)(A1)〜(A5)(A5)を満たす任意の弱従属時系列に対して同一の検定基準を適用できます。

検定手続き

任意の時系列X1,…,XnX_1, \ldots, X_nに対して以下の統計量を計算します。

Vn(q)≡1nQn∼aVV_n(q) \equiv \frac{1}{\sqrt{n}}Q_n \overset{a}{\sim} V

95%信頼水準での検定は、FVF_Vの分位点に基づき、Vn(q)V_n(q)が区間[0.809,1.862][0.809, 1.862]に含まれるか否かによって実施できます。打ち切りラグqqは、以下のAndrews, D. W. (1991)のデータ依存的な公式を用いて選択することができます。

q=[kn],kn≡(2n3)13⋅(ρ^1−ρ^2)23q = [k_n], \qquad k_n \equiv \left(\frac{2n}{3}\right)^{\frac{1}{3}} \cdot \left(\frac{\hat{\rho}}{1 - \hat{\rho}^2}\right)^{\frac{2}{3}}

ここで、ρ^\hat{\rho}はデータの推定1次自己相関係数です。この選択則もまた、対象系列の分野に依存しない一般的な手続きです。

一般化にあたっての留意点

抽象化に際して、以下の点については特に留意しておかなければなりません。

  1. 定常性・弱従属性の仮定:修正R/S統計量が短期依存性に対してロバストであるためには、誤差項が条件(A1)(A1)〜(A4)(A4)(強混合性を含む)を満たす必要があります。これは、系列が広義定常であるか、少なくともそれに近い性質を持つことを事実上要求します。トレンドや構造変化を含む非定常系列にそのまま適用すると、長期記憶性の誤検出につながる可能性があります。
  2. サンプルサイズと打ち切りラグの関係:q∼o(n1/4)q \sim o(n^{1/4})という条件が示す通り、打ち切りラグqqはサンプルサイズnnに対して十分小さくなければなりません。分野によっては十分な観測数が得られない場合があり、その場合は検定のサイズ・検出力が悪化します。
  3. モーメント条件:条件(A2)(A2)・(A2′)(A2')は誤差項の高次モーメント(β>2\beta > 2、あるいは2β2\beta次モーメント)の有限性を要求します。裾の厚い分布(重い尾をもつデータ)を扱う分野では、この条件の充足を個別に確認する必要があります。
  4. 単位・スケールの正規化:QnQ_nは標準偏差で正規化されているため、単位に依存しない無次元量です。この性質により、観測対象の物理的単位(金額、温度、流量など)に関わらず同一の理論的分布VVと比較できます。

以上の条件が満たされる限り、修正R/S統計量は株式収益率という特定の文脈を離れ、任意の弱従属性を帰無仮説とする時系列の長期記憶性検定として一般的に利用可能です。

統計的な修正の必然性

実のところマンデルブロは、既に1972年の時点で、短期依存がR/S解析の値に影響することを見抜いていました(Mandelbrot, B., 1972)。ただし、この問題に対するマンデルブロの導入した解決策は、統計的な補正ではありません。マンデルブロが導入したのはまず、漸近挙動と過渡挙動の区別です。その上でマンデルブロは、実効指数の記述と図示との併用によって、問題解決を展開しています。

マンデルブロも述べているように、観測期間が短い場合、R/S解析は短期依存を調べる道具としては効果的ではありません。R/S解析が威力を発揮するのは十分に長い観測期間を前提とした場合に限られます。

有限だが大きな記憶を持つ時系列の過程は、中程度の観測期間ならば、見掛け上はH≠0.5H \neq 0.5となるように振る舞い得ます。確かに観測期間が有限であるのならば、その範囲内において、実効的なHHが意味を持つ場合もあるでしょう。しかし、十分に長い観測期間で再解析した場合には、それが実は一時的な、過渡的な現象に過ぎない場合もあり得ます。故に、短期依存によって、見掛け上の長期依存が検知される可能性は、マンデルブロ自身が既に認識していた問題なのです。

更にマンデルブロは、有限記憶の過程で長期依存の過程を模倣することも不可能ではないと考えています。有限の時間幅であれば、揺らぎのノイズは適切な有限依存過程で検知不可能なほどに真似られます。そのようなシミュレーションも可能です。双方を識別できるのは、時間幅を十分に長く取った場合に限られます。

しかしマンデルブロの問題解決策は、統計的なデータ分析を介した解決策ではありませんでした。マンデルブロによれば、統計的な検定方法は不可欠な手続きではあるものの、その方法を盲目的に運用してはなりません。視覚的な点検との併用も必要になります。

したがって、R/S解析から修正R/Sへの変遷は、それ自体必然性の無い展開です。それは、数ある概念史のうちの一つに過ぎません。修正R/S統計量をR/S解析の埋め合わせとして採用するというのは、偶発的な選択の一つなのです。

問題解決策:DFA

「トレンド除去済み揺らぎ分析(Detrended Fluctuation Analysis: DFA)」(Kantelhardt, J. W., et al., 2001)は、時系列データをランダムウォークのプロファイルに変換し、セグメントごとに多項式トレンドを除去した上で揺らぎの大きさをスケールssの関数として解析することで、非定常なトレンドが混在するデータからでもべき指数α\alphaで表される長距離の相関をロバストに検知できる方法です。この方法それ自体はR/S解析の機能的な拡張案であるというわけではありません。

しかし、時系列データの予測可能性を分析する方法であるという点では、DFAは修正R/S統計量と機能的に等価な問題解決策として参照することができるかもしれません。この機能的な比較の観点から、DFAの特徴を分析してみましょう。

短距離相関における指数関数的減衰

長さNNの等間隔な時系列(xi)(x_i)を考えます。平均は次式で与えられます。

⟨x⟩=1N∑i=1Nxi\langle x \rangle = \frac{1}{N} \sum_{i=1}^{N} x_i

平均を引いた偏差をxˉi≡xi−⟨x⟩\bar{x}_i \equiv x_i - \langle x \rangleと定義すると、時間差ssにおける自己相関関数は次のように定義されます。

C(s)=⟨xˉixˉi+s⟩=1N−s∑i=1N−sxˉixˉi+s(1)C(s) = \langle \bar{x}_i \bar{x}_{i+s} \rangle = \frac{1}{N-s} \sum_{i=1}^{N-s} \bar{x}_i \bar{x}_{i+s} \quad \text{(1)}

無相関な場合はs>0s>0でC(s)=0C(s)=0となります。短距離相関は指数関数的減衰C(s)∼exp⁡(−s/s×)C(s) \sim \exp(-s/s_{\times})で表され、長距離相関(long-range correlations)は次のべき乗則に従います。

C(s)∝s−γ(0<γ<1)(2)C(s) \propto s^{-\gamma} \quad (0 < \gamma < 1) \quad \text{(2)}

ただし、実データはノイズやトレンドの影響を受けるため、C(s)C(s)を直接計算することは適切ではないことが多くあります。DFAを用いて間接的に相関指数γ\gammaを求める必要があります。

DFAの4段階の手順

DFAの解析は次の4つの段階を踏みます。

ステップ1:累積偏差過程のプロファイルの作成

長さNNの記録(xi)(x_i)に対し、プロファイルY(i)Y(i)を次のように定義します。

Y(i)=∑k=1i(xk−⟨x⟩)(3)Y(i) = \sum_{k=1}^{i} \left( x_k - \langle x \rangle \right) \quad \text{(3)}

ステップ2:セグメントへの分割

プロファイルY(i)Y(i)を長さssの重複しないNs≡[N/s]N_s \equiv [N/s]個のセグメントに分割します。記録長NNがssの倍数でない場合、端に残る部分を無視しないために、記録の逆側からも同じ手順を繰り返し、合計2Ns2N_s個のセグメントを得ます。

ステップ3:局所トレンドの除去

各セグメントν\nuごとに最小二乗フィットにより局所トレンドpν(i)p_\nu(i)(多項式)を求め、デトレンド済みの時系列Ys(i)Y_s(i)を次式で定義します。

Ys(i)=Y(i)−pν(i)(4)Y_s(i) = Y(i) - p_\nu(i) \quad \text{(4)}

フィッティング多項式の次数によって、DFA1(線形)、DFA2(2次)、DFA3(3次)など、より高次のDFAnが定義されます。nn次のDFAでは、プロファイルにおけるnn次のトレンド(すなわち元の記録におけるn−1n-1次のトレンド)が除去されます。

ステップ4:分散の計算と揺らぎ関数の定義

各セグメントν\nuについて、デトレンド済み時系列の分散を次式で計算します。

Fs2(ν)=⟨Ys2(i)⟩=1s∑i=1sYs2[(ν−1)s+i](5)F_s^2(\nu) = \langle Y_s^2(i) \rangle = \frac{1}{s} \sum_{i=1}^{s} Y_s^2 \left[ (\nu-1)s + i \right] \quad \text{(5)}

全セグメントについて平均を取り、平方根を取ることでDFAの揺らぎ関数F(s)F(s)を得ます。

F(s)=[12Ns∑ν=12NsFs2(ν)]1/2(6)F(s) = \left[ \frac{1}{2N_s} \sum_{\nu=1}^{2N_s} F_s^2(\nu) \right]^{1/2} \quad \text{(6)}

検出次数nnごとに異なる揺らぎ関数が得られ、これをF(n)(s)F^{(n)}(s)と表記します。定義上、F(n)(s)F^{(n)}(s)はs≥n+2s \geq n+2に対してのみ定義されます。

変動指数α\alphaの定義

データが長距離のべき乗則相関を持つ場合、揺らぎ関数F(n)(s)F^{(n)}(s)は大きなssに対して次のべき乗則に従って増加します。

F(n)(s)∝sα(7)F^{(n)}(s) \propto s^{\alpha} \quad \text{(7)}

ここでα\alphaは変動指数(fluctuation exponent)と呼ばれ、相関指数γ\gammaと関連づけられます。

導出の概略

トレンドがなく、オフセットがゼロの場合(xˉi=xi\bar{x}_i = x_i)、i≤si \leq sに対してYs(i)=Y(i)Y_s(i) = Y(i)です。このとき、プロファイルの平均二乗変位は次式で計算できます。

⟨Y2(i)⟩=i⟨x2⟩+2∑k=1i−1(i−k)C(k)(8)\langle Y^2(i) \rangle = i \langle x^2 \rangle + 2 \sum_{k=1}^{i-1} (i-k) C(k) \quad \text{(8)}

大きなiiに対して、式(2)のようにC(s)∝s−γC(s) \propto s^{-\gamma}(0<γ<10 < \gamma < 1)となる場合、次の近似が成り立ちます。

∑k=1i−1C(k)∼i1−γ,∑k=1i−1kC(k)∼i2−γ(9)\sum_{k=1}^{i-1} C(k) \sim i^{1-\gamma}, \qquad \sum_{k=1}^{i-1} k C(k) \sim i^{2-\gamma} \quad \text{(9)}

これにより、式(8)の第2項が支配的となり、次式が得られます。

⟨Y2(i)⟩∼i2−γ(10)\langle Y^2(i) \rangle \sim i^{2-\gamma} \quad \text{(10)}

すなわちプロファイルの平均二乗変位はiiに対して線形よりも速く増加します(super-diffusionに相当します)。これを用いると、大きな時間スケールssに対して次式が導かれます。

F(n)(s)∼s1−γ/2(11)F^{(n)}(s) \sim s^{1-\gamma/2} \quad \text{(11)}

式(7)と式(11)を比較することで、α\alphaとγ\gammaの関係式が得られます。

α=1−γ/2for0<γ<1(12)\alpha = 1 - \gamma/2 \quad \text{for} \quad 0 < \gamma < 1 \quad \text{(12)}

一方、データが無相関または短距離相関を持つ場合(式(2)においてC(s)C(s)が指数関数的に減衰する、あるいはγ>1\gamma > 1の場合)、式(8)中の第1項が支配的となり、⟨Y2(i)⟩∼i\langle Y^2(i) \rangle \sim i(通常拡散に相当します)、したがって

F(n)(s)∼s1/2F^{(n)}(s) \sim s^{1/2}

となります。したがって、変動指数α=1/2\alpha = 1/2は長距離相関の不在を示します。

αの解釈のまとめ

  • α=0.5\alpha = 0.5:無相関または短距離相関(従来の拡散、C(s)C(s)は指数関数的減衰)です。
  • α>0.5\alpha > 0.5:長距離相関が存在します。べき乗則相関C(s)∝s−γC(s) \propto s^{-\gamma}(0<γ<10 < \gamma < 1)の場合は、式(12)より0.5<α<10.5 < \alpha < 1となります。

実際の解析では、F(n)(s)F^{(n)}(s)を両対数プロット(log-logスケール)でssに対してプロットし、直線フィットによりα\alphaを推定します。

小スケールssにおける偏差と補正関数

小さなssの領域では、式(7)のスケーリング則からの偏差が生じることが示されています。これはDFA特有の漸近的な性質によるもので、特に高次のDFAn(例えばDFA6)ではこの偏差がより強く、小スケール領域を含めてフィッティングを行うとα\alphaの値を過大評価する原因となります。

この偏差を補正するために、補正関数Kα(n)(s)K_\alpha^{(n)}(s)が次式で定義されます。

Kα(n)(s)=⟨[F(n)(s)]2⟩1/2s′α⟨[F(n)(s′)]2⟩1/2sα(for s′≫1)(13)K_{\alpha}^{(n)}(s) = \frac{\langle [F^{(n)}(s)]^2 \rangle^{1/2} s'^{\alpha}}{\langle [F^{(n)}(s')]^2 \rangle^{1/2} s^{\alpha}} \quad (\text{for } s' \gg 1) \quad \text{(13)}

補正関数はα\alphaに対して弱い依存性しか持たないため、実用上は無相関データに対する補正関数K1/2(n)(s)K_{1/2}^{(n)}(s)を全てのケースに適用することができます。この補正関数はシャッフル(並べ替え)データを解析することで最も容易に得られます。

この補正関数を用いて修正揺らぎ関数(modified fluctuation function)が定義されます。

Fmod(n)(s)=F(n)(s)K1/2(n)(s)=F(n)(s)⟨[Fshuff(n)(s′)]2⟩1/2s1/2⟨[Fshuff(n)(s)]2⟩1/2s′1/2(for s′≫1)(14)F_{\mathrm{mod}}^{(n)}(s) = \frac{F^{(n)}(s)}{K_{1/2}^{(n)}(s)} = F^{(n)}(s) \frac{\langle [F_{\mathrm{shuff}}^{(n)}(s')]^2 \rangle^{1/2} s^{1/2}}{\langle [F_{\mathrm{shuff}}^{(n)}(s)]^2 \rangle^{1/2} s'^{1/2}} \quad (\text{for } s' \gg 1) \quad \text{(14)}

ここでs′≈N/20s' \approx N/20程度が妥当な値として推奨されています。この修正版DFAは、小さなss領域における偏差を大幅に低減し、短い記録におけるα\alphaの推定精度を改善します。

クロスオーバーの検知

相関の振る舞いが全ての時間スケールssで同一のスケーリング則に従わない場合、クロスオーバー時間s×s_{\times}を境に異なるスケーリング領域が観測されることがあります。修正DFAを用いることで、このクロスオーバー時間を検出・定量化することが可能です。

ただし、観測されるクロスオーバー時間s×(n)s_{\times}^{(n)}は検出次数nnに依存し、実際のクロスオーバー時間s×s_{\times}からは系統的に逸脱することが示されています。観測値は常に実際の値より大きくなるといいます。

トレンドの影響

記録データにトレンドAxpA x^pが重畳している場合、すなわち次式のように表される場合を考える。

xi′=xi+Axp(x=i/N)(15)x_i' = x_i + A x^p \quad (x = i/N) \quad \text{(15)}

ここでn>pn > pの場合、nn次のDFAを用いることで次数pp以下の整数次トレンドは完全に除去されます。トレンドの次数ppが検出次数nn以上の場合は、大きなss領域において見かけ上のクロスオーバーが生じます。非整数次のトレンドについては完全な除去は困難ですが、クロスオーバーの位置とその後の傾きαtrend(n)\alpha_{\mathrm{trend}}^{(n)}を解析することで、トレンドの強度AAと次数ppを推定することができます。

また、振動的なトレンドについては、DFAは比較的ロバストであり、特に周波数の高い、速く振動するトレンドの影響は小さいことが示されています。一方、季節変動などのような低速の振動トレンドは解析結果に影響を与えやすいため、事前の除去が推奨されます。

DFAの機能

DFAには漸近分布との理論的な接点がありません。そのためこの方法は、厳密には修正R/S統計量の方法とは機能的に等価ではないと考えられます。DFA単体では、有意性を検証する枠組みが無いというR/S解析の派生的な問題の解決策としては機能しません。DFAが修正R/S統計量の方法と機能的に等価なのは、あくまでも時系列データの予測可能性を記述するという抽象的な問題の枠組みに内在する場合に限られます。

DFAの機能は、有意性を検証する枠組みを構築することにあるのではありません。トレンドが含まれる時系列データではR/S解析のようなトレンドの除去法を持たない方法が誤った結果を招き得るというのが、DFAの準拠問題です。それ故にDFAでは、まずセグメントごとに多項式で局所トレンドを当て嵌めて除去した上で、残差の大きさF(s)F(s)のべき乗則から指数を推定するという手続きを取るのです。DFAの機能は、あくまでもこのトレンドの除去に見出せます。

尤も、このDFAの準拠問題もまた、マンデルブロが1972年論文で指摘した問題と重なります。実際、非定常な過程にR/S解析を適用すれば、HHが1に近付きます。そのため、強い長期依存を持つ定常過程との識別が付かなくなります。こうした問題の枠組みの中であれば、DFAもまた数ある問題解決策の一つであるに過ぎません。DFAを採用することには必然性は無く、やはり偶発的な選択となります。

問題解決策:分散比検定

「分散比(Variance Ratio)」を検定するという一見すると単純明快な方法もまた、時系列データの予測可能性の記述を可能にする検定方法です。分散比検定は、株価の対数過程を対象として設計された検定方法として定式化されています(Lo, A. W., & MacKinlay, A. C., 1987)。

分散比検定の対象は株価PtP_tの対数Xt=ln⁡PtX_t = \ln P_tです。これは当初、対数価格過程という特定の経済的な概念を扱っていました。しかし、検定の数理構造そのものは、対数価格である必然性には依存していません。本質的に要求されているのは、以下の一般的な累積和過程(cumulative sum process)としての構造のみです。

任意の時系列{Yt}\{Y_t\}を考え、その水準変数をXtX_tとします。ここでXtX_tは、対数価格に限らず、以下のような一般的な対象に置き換えることができます。

  • 任意の指数の対数値(物価指数、生産指数など)
  • 人口や資産残高などのストック変数の対数値
  • 温度・海面水位などの物理量の累積値
  • 一般に「差分をとった系列が定常な確率過程になる」と想定できる任意の水準変数

この時、維持仮説はLo, A. W., & MacKinlay, A. C. (1987)と同様に以下の形で与えられます。

Xt=μ+Xt−1+ϵtX_t = \mu + X_{t-1} + \epsilon_t

ここで、μ\muは水準変数のドリフト(平均的な変化率)であり、ϵt\epsilon_tは撹乱項(増分)です。全てのttについてE[ϵt]=0E[\epsilon_t] = 0を仮定します。この定式化自体は、対象がどのような分野の時系列であっても数学的に成立します。

帰無仮説の一般化

Lo, A. W., & MacKinlay, A. C. (1987)における帰無仮説H∗H^*は以下でした。

H∗:E[ϵtϵs]=0for all t≠sH^*: E[\epsilon_t \epsilon_s] = 0 \quad \text{for all } t \neq s

この仮説は「XtX_tの増分ϵt\epsilon_tが無相関である」という主張です。これを「ランダムウォーク仮説」という証券投資戦略や経済学の概念で記述するのは、可能ではあるものの、必然ではありません。これは、一般的な時系列データの分析における以下の主張に対応します。

系列XtX_tの一階差分ΔXt≡Xt−Xt−1\Delta X_t \equiv X_t - X_{t-1}が、系列相関を持たない確率過程です。ただし、その分散が時間を通じて変化しても良いとします。

これは経済学に限らず、次のような分野の仮説検定に一般化できます。

  • 生態学における個体数の増減は無相関か
  • 工学におけるセンサー出力の変化量は無相関か
  • 疫学における対数感染者数の週次増分は無相関か

すなわち、z∗z^*検定は「ある水準変数の増分が系列相関を持たないか否か」を異なるサンプリング間隔での分散を比較することによって検定する、一般的な「分散比検定(variance ratio test)」として再記述することができます。

一般化された推定量

観測値X0,X1,…,XnqX_0, X_1, \ldots, X_{nq}が等間隔で得られるとします。ここで、n,qn, qは正の整数で、q>1q > 1です。また、ここでの「間隔」は週である必要はなく、日、月、秒、測定回数など、対象領域に応じた任意の基本サンプリング単位で構いません。

基本サンプリング単位での平均増分およびオーバーラップなしの分散推定量は以下となります。

μ^≡1nq(Xnq−X0)\hat{\mu} \equiv \frac{1}{nq} (X_{nq} - X_0)

σ^a2≡1nq∑k=1nq[Xk−Xk−1−μ^]2\hat{\sigma}_a^2 \equiv \frac{1}{nq} \sum_{k=1}^{nq} [X_k - X_{k-1} - \hat{\mu}]^2

qq期間ごとに粗くサンプリングした場合の分散推定量のオーバーラップ版は以下となります。

σ^c2=1nq2∑k=qnq[Xk−Xk−q−qμ^]2\hat{\sigma}_c^2 = \frac{1}{nq^2} \sum_{k=q}^{nq} [X_k - X_{k-q} - q\hat{\mu}]^2

以上から、バイアス調整済みの分散比統計量Mˉr(q)\bar{M}_r(q)が定義されます。この推定量の構成は、対象が株価であるか気温であるかに一切依存しない、純粋に統計的な操作です。

一般化されたz∗z^*統計量

不均一分散にロバストな統計量z∗z^*の構成も同様に一般化できます。ρ^(j)\hat{\rho}(j)を一階差分ΔXt\Delta X_tのjj次自己相関係数推定量とし、以下の関係を用います。

Mˉr(q)→a∑j=1q−12(q−j)q⋅ρ^(j)\bar{M}_r(q) \xrightarrow{a} \sum_{j=1}^{q-1} \frac{2(q-j)}{q} \cdot \hat{\rho}(j)

自己相関係数の漸近分散の一致推定量は次の通りです。

δ^(j)=∑k=j+1nq(Xk−Xk−1−μ^)2⋅(Xk−j−Xk−j−1−μ^)2[∑k=1nq(Xk−Xk−1−μ^)2]2\hat{\delta}(j) = \frac{\displaystyle\sum_{k=j+1}^{nq} (X_k - X_{k-1} - \hat{\mu})^2 \cdot (X_{k-j} - X_{k-j-1} - \hat{\mu})^2}{\left[\displaystyle\sum_{k=1}^{nq} (X_k - X_{k-1} - \hat{\mu})^2\right]^2}

これを用いてMˉr(q)\bar{M}_r(q)の漸近分散の一致推定量θ^\hat{\theta}を構成します。

θ^≡∑j=1q−1[2(q−j)q]2⋅δ^(j)\hat{\theta} \equiv \sum_{j=1}^{q-1} \left[\frac{2(q-j)}{q}\right]^2 \cdot \hat{\delta}(j)

最終的な検定統計量は以下の通りであり、この形式は対象領域に関わらず不変です。

z∗≡nq Mˉr(q)/θ^→aN(0,1)z^* \equiv \sqrt{nq}\ \bar{M}_r(q) / \sqrt{\hat{\theta}} \xrightarrow{a} N(0,1)

一般化のために満たすべき条件

株価という具体的な対象を離れ、任意の時系列にこの検定を適用する場合、以下の条件が満たされる必要があります。

水準変数が差分定常(I(1)型)であること

XtX_t自体は非定常でも構いません。ですが、その一階差分ΔXt=ϵt\Delta X_t = \epsilon_tが帰無仮説の下で少なくとも共分散定常に近い性質を持つことが前提となります。対象データが本質的にトレンドや構造変化を伴う場合、例えば水準がある時点で恒常的にシフトするような系列には、そのまま適用するのは適当ではありません。

無相関性に関するホワイト型の正則性条件

z∗z^*の導出はWhite, H. (1980)およびWhite, H., & Domowitz, I. (1984) の枠組みに依拠しており、以下の技術的条件が必要とされます。

  • 増分ϵt\epsilon_tの分散が時間を通じて変化しても良いのですが、その変化は「漸近的に平均分散が収束する」という意味で穏やかでなければなりません(White and Domowitz (1984) のAssumption Aに相当します)。
  • 4次の交差モーメントについてE[ϵtϵt−jϵtϵt−k]=0E[\epsilon_t \epsilon_{t-j} \epsilon_t \epsilon_{t-k}] = 0(j≠kj \neq k、j≠0j \neq 0、k≠0k \neq 0)という条件が要求されます。これにより自己相関係数推定量同士が漸近的に無相関となります。そしてθ^\hat{\theta}の単純な加重和による表現が可能となります。この条件は、独立増分を持つ任意の過程、および線形ガウス型ARCH過程については自動的に満たされます。尚、不均一性の有無を問いません。

サンプルサイズに関する条件

検定統計量の分布は漸近理論に基づく近似であるため、十分に大きな観測数nqnqが必要です。Lo, A. W., & MacKinlay, A. C. (1987)が週次データを採用した理由も、月次データでは観測数が不足し、日次データでは別の問題(後述)が生じるという、サンプルサイズと後述のノイズの間のトレードオフによるものでした。この論点は分野を問わず一般的に当てはまります。

観測誤差と測定構造に由来する見せかけの相関がないこと

Lo, A. W., & MacKinlay, A. C. (1987)では、非同期取引(non-trading)がもたらす見せかけの正の自己相関について、独立した節を割いて検証していました。これは証券市場特有の制度的要因です。ですが、一般化した文脈ならば、「観測過程自体が、真の増分過程に対してラグを伴う平均化や欠測補完を行っていないか」と読み替えれば良いだけのことです。

センサーの欠測補完、集計データにおける報告の遅延、多段階の情報伝播構造などが存在する場合、真の増分が無相関であっても観測された増分には見せかけの正の自己相関が生じ得ます。したがって、一般の時系列に適用する際にも、観測過程に起因する自己相関の可能性を個別に検討し、可能であればLo, A. W., & MacKinlay, A. C. (1987)の非同期取引モデルに類する構造モデルを用いて、その影響の上限を評価することが望ましいでしょう。

サンプリング間隔の選択の妥当性

基本サンプリング単位hhとアグリゲーション値qqの組み合わせは、検定の検出力に大きく影響します。対立仮説として想定される系列相関の構造に応じて、適切なqqを選択する必要があります。すなわち、短期的に強く長期的に弱まるのか、その逆かです。この点も証券投資固有の事情ではなく、一般の時系列分析における検定力設計の問題です。

いずれにしても分散比検定は、あくまでも短期の系列相関を検定対象としています。この検定は、長期記憶や長期依存性を扱う検定ではありません。これは修正R/S統計量やDFAとの明確な差別化要因です。時系列データの予測可能性を記述するという抽象的な問題の枠組みを前提とするなら、確かに分散比検定もまた修正R/S統計量やDFAと機能的に等価な問題解決策となります。しかし、その分析の対象が短期であるという点で、分散比検定のユースケースは修正R/S統計量やDFAとは異なる状況に対応しています。

問題解決策:BDS検定

経済学や時系列解析の文脈で非線形の依存性を調査するために設計された「BDS検定(Brock-Dechert-Scheinkman Test: BDS Test)」もまた、時系列データの予測可能性の記述を可能にします。尤も、この検定は相関次元に基づく独立性検定です。BDS統計量Wm,n(ϵ)W_{m,n}(\epsilon)(Brock, W. A., et al., 1996)が指し示しているのは、データに何らかの独立性が潜んでいるか否かです。後述するように、ある系列が独立であるのは、その同時分布が周辺分布の積に分解される場合です。勿論、同時分布そのものは、直接比較することができません。それ故にBDS検定の手続きでは、独立の下での相関積分の分解が目指されます。

BDS検定の結果は、予測可能性の記述には直結しません。しかし、これもまた抽象化するなら、この検定結果は、当の時系列データに意味や因果関係を見出すことの必然性を問う契機を生み出します。

確率過程の分布関数

{ut}\{u_t\}を実数値確率変数からなる狭義定常確率過程とし、その分布関数をFFとします。(ut,ut+1,…,ut+m−1)(u_t, u_{t+1}, \ldots, u_{t+m-1})を「mm-history」と呼び、utmu_t^mと表記します。その分布関数はFmF_mと表記されます。{ut}\{u_t\}が独立である時、以下が成り立ちます。

Fm(x1,…,xm)=∏k=1mF(xk)F_m(x_1, \ldots, x_m) = \prod_{k=1}^{m} F(x_k)

GijG_i^jを1≤i<j≤∞1 \le i < j \le \inftyに対するσ\sigma-加法族σ{ui,ui+1,…,uj}\sigma\{u_i, u_{i+1}, \ldots, u_j\}とします。確率過程{ut}\{u_t\}が絶対正則(absolutely regular)であるとは、

βk=sup⁡n≥1E[sup⁡A∈Gn+k∞∣P(A∣G1n)−P(A)∣](1)\beta_k = \sup_{n \ge 1} E\left[\sup_{A \in G_{n+k}^{\infty}} \left| P(A \mid G_1^n) - P(A) \right| \right] \quad \text{(1)}

がk→∞k \to \inftyのとき0に収束することをいいます。

x∈Rmx \in \mathbb{R}^mに対してはmaxノルム∥x∥=max⁡1≤k≤m{∣xk∣}\|x\| = \max_{1 \le k \le m} \{|x_k|\}を用います。集合AAの定義関数はχA\chi_Aと表記し、特にA=[0,ϵ)A = [0, \epsilon)の場合はその定義関数をχϵ\chi_\epsilonと表記します。

相関積分

この関連から重要となるのが、Grassberger and Procaccia(1983)によって導入された相関積分(Correlation Integral)の概念です。これは決定論的データのフラクタル次元を測定する手法です。この手法から、データ内で時間パターンが繰り返される頻度を測る尺度が得られます。

埋め込み次元mmにおける相関積分は次式で与えられます。

Cm,n(ϵ)=(n2)−1∑1≤s<t≤nχϵ(∥usm−utm∥)C_{m,n}(\epsilon) = \binom{n}{2}^{-1} \sum_{1 \le s < t \le n} \chi_\epsilon(\|u_s^m - u_t^m\|)

標本サイズnnを無限大にしたときの極限を次のように定義します。

Cm(ϵ)=lim⁡n→∞Cm,n(ϵ)C_m(\epsilon) = \lim_{n \to \infty} C_{m,n}(\epsilon)

データが絶対正則な狭義定常確率過程から生成されている場合、この極限は存在し、次式で与えられます。

Cm(ϵ)=∬χϵ(∥u−v∥) dFm(u) dFm(v)C_m(\epsilon) = \iint \chi_\epsilon(\|u - v\|) \, dF_m(u) \, dF_m(v)

過程が独立である場合、χϵ(∥u−v∥)=∏i=1mχϵ(∣ui−vi∣)\chi_\epsilon(\|u-v\|) = \prod_{i=1}^{m} \chi_\epsilon(|u_i - v_i|)であることから、次の関係が成り立ちます。

Cm(ϵ)=C1(ϵ)mC_m(\epsilon) = C_1(\epsilon)^m

相関積分の漸近分布の定理

Cm,nC_{m,n}は対称核χϵ(∥x−y∥)\chi_\epsilon(\|x-y\|)を持つ一般化U統計量です。次の定数を定義します。

K(ϵ)=∫[F(u+ϵ)−F(u−ϵ)]2 dF(u)(2)K(\epsilon) = \int [F(u+\epsilon) - F(u-\epsilon)]^2 \, dF(u) \quad \text{(2)}

以下、C(ϵ)=C1(ϵ)C(\epsilon) = C_1(\epsilon)と略記します。過程{ut}\{u_t\}が独立であるとき、{utm}\{u_t^m\}はk>mk > mで式(1)のβk=0\beta_k = 0となる絶対正則過程となります。

定理1: {ut}\{u_t\}をIIDとします。K(ϵ)>C(ϵ)2K(\epsilon) > C(\epsilon)^2ならば、

n Cm,n(ϵ)−C1(ϵ)mσm(ϵ)\sqrt{n} \, \frac{C_{m,n}(\epsilon) - C_1(\epsilon)^m}{\sigma_m(\epsilon)}

はN(0,1)N(0,1)に分布収束します。ただし、

14σm2=Km−C2m+2∑i=1m−1[Km−iC2i−C2m](3)\frac{1}{4} \sigma_m^2 = K^m - C^{2m} + 2 \sum_{i=1}^{m-1} \left[ K^{m-i} C^{2i} - C^{2m} \right] \quad \text{(3)}

です。ただし、表記の簡略化のため、各項のϵ\epsilonへの依存は省略しています。

K(ϵ)=C(ϵ)2K(\epsilon) = C(\epsilon)^2の場合、式(3)のσm(ϵ)=0\sigma_m(\epsilon) = 0となり退化するケースとなります。Dechert(1989)は、K(ϵ)=C(ϵ)2K(\epsilon) = C(\epsilon)^2となるのはF(u+ϵ)−F(u−ϵ)F(u+\epsilon) - F(u-\epsilon)がすべてのuuについて一定である場合に限ることを示しています。

実行可能な検定統計量と漸近正規性についての定理

式(2)のC1C_1、CC、KKは分布関数が未知の場合には計算不可能であるため、次の統計量を考えます。

Tm,n(ϵ)=Cm,n(ϵ)−C1,n(ϵ)mT_{m,n}(\epsilon) = C_{m,n}(\epsilon) - C_{1,n}(\epsilon)^m

λ1C1,n(ϵ)+λ2Cm,n(ϵ)\lambda_1 C_{1,n}(\epsilon) + \lambda_2 C_{m,n}(\epsilon)は核λ1χϵ(∣u1−v1∣)+λ2χϵ(∥u−v∥)\lambda_1 \chi_\epsilon(|u_1 - v_1|) + \lambda_2 \chi_\epsilon(\|u-v\|)を持つ一般化U統計量であり、C1,nC_{1,n}とCm,nC_{m,n}は同時漸近正規性を持ちます。デルタ法により、nTm,n\sqrt{n} T_{m,n}の漸近分散は次の線形結合の漸近分散と一致します。

n[Cm,n(ϵ)−C1(ϵ)m−mC1(ϵ)m−1(C1,n(ϵ)−C1(ϵ))]\sqrt{n} \left[ C_{m,n}(\epsilon) - C_1(\epsilon)^m - m C_1(\epsilon)^{m-1} \left( C_{1,n}(\epsilon) - C_1(\epsilon) \right) \right]

定理2: {ut}\{u_t\}をIIDとします。K(ϵ)>C(ϵ)2K(\epsilon) > C(\epsilon)^2ならば、m≥2m \ge 2に対して、

n Tm,n(ϵ)Vm\sqrt{n} \, \frac{T_{m,n}(\epsilon)}{V_m}

はN(0,1)N(0,1)に分布収束します。漸近分散Vm2V_m^2は次式で与えられます。

14Vm2=m(m−2)C2m−2(K−C2)+Km−C2m+2∑j=1m−1[C2j(Km−j−C2m−2j)−mC2m−2(K−C2)](4)\frac{1}{4} V_m^2 = m(m-2) C^{2m-2}(K - C^2) + K^m - C^{2m} + 2 \sum_{j=1}^{m-1} \left[ C^{2j} \left( K^{m-j} - C^{2m-2j} \right) - m C^{2m-2}(K - C^2) \right] \quad \text{(4)}

この式(4)が、検定統計量の標準化に用いる「分散公式」です。

CCおよびKKの一致推定とBDS統計量

式(4)のVm2V_m^2に現れる定数CCとKKは、それぞれ次式によって一致推定できます。

Cn(ϵ)=1n2∑s=1n∑t=1nχϵ(∣us−ut∣)(5)C_n(\epsilon) = \frac{1}{n^2} \sum_{s=1}^{n} \sum_{t=1}^{n} \chi_\epsilon(|u_s - u_t|) \quad \text{(5)}

Kn(ϵ)=1n3∑r=1n∑s=1n∑t=1nχϵ(∣ur−us∣)χϵ(∣us−ut∣)(6)K_n(\epsilon) = \frac{1}{n^3} \sum_{r=1}^{n} \sum_{s=1}^{n} \sum_{t=1}^{n} \chi_\epsilon(|u_r - u_s|) \chi_\epsilon(|u_s - u_t|) \quad \text{(6)}

式(4)の分散を式(5)・式(6)のCn(ϵ)C_n(\epsilon)・Kn(ϵ)K_n(\epsilon)で評価した値をVm,n2(ϵ)V_{m,n}^2(\epsilon)とします。Cn(ϵ)C_n(\epsilon)はV統計量(Serfling, 1980)であり、KnK_nも対称化によりV統計量とすることができます。CnC_nとKnK_nはそれぞれCCとKKへほとんど確実に収束します。したがってVm,nV_{m,n}はVmV_mへほとんど確実に収束し、Slutskyの定理と定理2より、BDS統計量

Wm,n(ϵ)=n Tm,n(ϵ)Vm,n(ϵ)(7)W_{m,n}(\epsilon) = \sqrt{n} \, \frac{T_{m,n}(\epsilon)}{V_{m,n}(\epsilon)} \quad \text{(7)}

はN(0,1)N(0,1)に分布収束します。この式(7)が、検定統計量Wm,n(ϵ)W_{m,n}(\epsilon)の最終的な定義式です。

なお、分散の推定においてはKn−Cn2K_n - C_n^2の項およびそのべき乗の項が現れるため、推定分散が正であることを保証するにはKn−Cn2>0K_n - C_n^2 > 0である必要があります。式(5)・式(6)の統計量についてはこの条件が満たされますが、CCとKKの推定にU統計量を用いた場合には、推定分散が負になる可能性が数値的に生じ得る点に注意が必要です。

推定残差への適用

BDS統計量は、モデルの当てはめ残差に対する診断検定としても利用されます。データ生成過程を

yt=f(yt−1,b,ut)(8)y_t = f(y_{t-1}, b, u_t) \quad \text{(8)}

とし、bbを未知パラメタベクトル、{ut}\{u_t\}をIID、Eut2<∞E u_t^2 < \infty、各ttについてutu_tはyt−1y_{t-1}と独立であるとします。式(8)がutu_tについて解けて、

ut=g(Yt,b)u_t = g(Y_t, b)

と表されます。ただしYt=(yt,yt−1)Y_t = (y_t, y_{t-1})です。この時、nn個の観測値に基づくbbの推定量をbnb_nとすると、推定残差は以下のように与えられます。

ut,n=g(Yt,bn)u_{t,n} = g(Y_t, b_n)

bn→Pbb_n \xrightarrow{P} bならばut,n→Putu_{t,n} \xrightarrow{P} u_tであり、大きなnnに対して系列{ut,n}\{u_{t,n}\}は「近似的に」独立かつ同一の分布となります。この性質に基づくノンパラメトリック検定は、式(7)の統計量を推定残差{ut,n}\{u_{t,n}\}に対して評価することにより構成されます。

この枠組みを正当化するため、ggに関して次の3条件を課します。

gb(Yt,b)はG1t−1可測g_b(Y_t,b) \text{は} G_1^{t-1} \text{可測}

sup⁡tsup⁡bE[∣gb(Yt,b)∣]<∞\sup_t \sup_b E[|g_b(Y_t,b)|] < \infty

sup⁡tsup⁡bE[∣gbb(Yt,b)∣]<∞\sup_t \sup_b E[|g_{bb}(Y_t,b)|] < \infty

これらの条件のもとで、テイラー展開により、次の近似が得られます。

ut,n−ut≈gb(Yt,b)(bn−b)+12gbb(Yt,b)(bn−b)2u_{t,n} - u_t \approx g_b(Y_t,b)(b_n-b) + \tfrac{1}{2} g_{bb}(Y_t,b)(b_n-b)^2

特殊事例である非線形自己回帰モデル

yt=f(yt−1,b)+uty_t = f(y_{t-1},b) + u_t

についても同様に

ut,n−ut≈fb(yt−1,b)(bn−b)+12fbb(yt−1,b)(bn−b)2u_{t,n} - u_t \approx f_b(y_{t-1},b)(b_n-b) + \tfrac{1}{2} f_{bb}(y_{t-1},b)(b_n-b)^2

という近似が成り立ちます。

定理3: {ut}\{u_t\}を対称な分布関数FFを持つIIDとし、{ut,n}\{u_{t,n}\}、{ξt}\{\xi_t\}、{ψn}\{\psi_n\}が以下を満たすとします。

  • (条件A) ut,n−ut=ψnξt+op(ψn)u_{t,n} - u_t = \psi_n \xi_t + o_p(\psi_n)
  • (条件B) E∣Z∣<∞E|Z| < \inftyを満たすZZが存在し、nψn→DZ\sqrt{n}\psi_n \xrightarrow{D} Z
  • (条件C) ξt\xi_tはG1t−1G_1^{t-1}可測
  • (条件D) sup⁡n1n∑t=1nE∣ξt∣2<∞\sup_n \frac{1}{n} \sum_{t=1}^{n} E|\xi_t|^2 < \infty

この時、有界性・滑らかさに関する緩やかな条件を満たす偶関数ϕ\phiに対して、統計量の差

Δn=U^n−Un\Delta_n = \hat{U}_n - U_n

についてnΔn→P0\sqrt{n} \Delta_n \xrightarrow{P} 0が成立します。ただしUnU_n、U^n\hat{U}_nはそれぞれ式(8)の真の残差・推定残差から構成される一般化U統計量です。この結果は、推定パラメタの存在が一般化U統計量の一次漸近分布に影響を与えないことを示す補助結果です。

定理4: 定理3の仮定(条件A~D)に加えて、ϕ\phiが偶関数であり式(7)のBDS統計量Wm,n(ϵ)W_{m,n}(\epsilon)を構成する核χϵ\chi_\epsilonがこれらの滑らかさ・有界性の条件を満たすとします。このとき、推定残差{ut,n}\{u_{t,n}\}から計算したBDS統計量

W^m,n(ϵ)=n T^m,n(ϵ)V^m,n(ϵ)\hat{W}_{m,n}(\epsilon) = \sqrt{n} \, \frac{\hat{T}_{m,n}(\epsilon)}{\hat{V}_{m,n}(\epsilon)}

は、真の誤差{ut}\{u_t\}から計算した式(7)のWm,n(ϵ)W_{m,n}(\epsilon)と同一の極限分布N(0,1)N(0,1)に収束します。ただしT^m,n(ϵ)\hat{T}_{m,n}(\epsilon)、V^m,n(ϵ)\hat{V}_{m,n}(\epsilon)は式(7)のTm,n(ϵ)T_{m,n}(\epsilon)、Vm,n(ϵ)V_{m,n}(\epsilon)を推定残差{ut,n}\{u_{t,n}\}に対して評価したものです。これを前提とするなら、次式が成立します。

W^m,n(ϵ)−Wm,n(ϵ)→P0\hat{W}_{m,n}(\epsilon) - W_{m,n}(\epsilon) \xrightarrow{P} 0

これは、定理3で示した一般化U統計量に関する補助結果を、具体的にBDS統計量という核に適用した系(corollary)であり、推定パラメタbnb_nの存在がBDS統計量の検定結果に影響を与えないという、本検定の重要な不変性(invariance)の理論的な根拠となっています。

派生問題:分析の分析

修正R/S統計量、DFA、分散比検定、そしてBDS検定という必ずしも分野や出自が同一ではない方法を機能的な比較の観点から観察するなら、まず真っ先に発見できるのは、各方法を採用することが偶発的な選択であるという点です。各方法は確かに、予測可能性の記述を可能にします。この意味であれば、各方法は機能的に等価な問題解決策です。

尤も、だとするならば、予測可能性の記述は別様にもあり得るということになります。各方法から一つの方法だけを選択して採用することには、何ら必然性はありません。

更にこの機能的な観点は、各方法から派生し得る問題の記述も可能にしてくれます。それぞれの問題解決策としての機能は、理論的な仮定の下で実現しているためです。その理論的な仮定が現実と抵触する場合、その方法は機能不全に陥ることになります。これは決して「言うまでもないこと」ではありません。何故なら、一つの方法に内在し、剰え没頭している観察者にとって、しばしばその派生的な諸問題が盲点になり得るためです。

実際、上述した各方法はサンプルサイズへの依存という共通の問題を派生させています。修正R/S統計量は、分析対象が小標本になる場合には、そもそも使うべきではないとも考えられています(Murphy, A., 2000)。DFAもまたサンプルサイズに依存していることが指摘されています(Weron, R., 2002)。分散比検定についても、既に述べたように、漸近理論に基づく近似である以上は十分に大きな観測数が求められます。BDS検定に関しても、十分なサンプルサイズの必要性がシミュレーションの結果から示唆されています(Brock, W. A., et al., 1996)。

サンプルサイズのみならず、分析者が決定するパラメタへの依存についても、無視することはできません。修正R/S統計量に基づく分析は、打ち切りラグqqの取り方で結論が偏ることが報告されています(Teverovsky, V., et al., 1999)。BDS検定についても、埋め込み次元mmと距離ϵ\epsilonは事前に分析者自身によって決定されている必要がある以上、その手続きに潜む恣意性への疑念は払拭できません(Kočenda, E., 2001)。明確に感度を分析した事例は見受けられないものの、検定の方法や背景にある理論を踏まえるなら、DFAはセグメント長ssと検出次数nnに、分散比検定は集約期間qqに、それぞれ依存していることがわかります。

繰り返すように、一連の方法は未来の予測可能性の記述を可能にする点で、機能的に等価な問題解決策です。しかし各方法を選択することには必然性はありません。それぞれの選択が偶発的となるのは、各方法の運用が、サンプルサイズやパラメタに関する分析者の意思決定によって展開されているためでもあります。これを前提とすれば、未来の予測可能性の記述を可能にする方法の歴史は、それ自体、予測不可能性を孕んでいることになります。

分析者も、その分析を二次的に分析する分析者も、未来の予測可能性についての記述が如何にして可能になるのかについては、予測できません。それは、<分析>を分析の対象にすることで、<予測>を予測の対象にするという意味で、パラドックスを孕みます。言い換えれば、未来の予測可能性を主題とする概念史は、<予測可能性の記述>についての予測可能性の記述を可能にするという意味で、「自己論理的(autologisch)」な理論を欠如させているのです。

こうした自己論理的な理論は、<予測可能性の記述>と<予測不可能性の記述>を区別した上で両立する理論として記述されなければなりません。<予測可能性の記述>についての予測を可能にするためには、まずは<予測可能性>と<予測不可能性>を区別する必要があります。

修正R/S統計量をはじめとする各方法は、確かに、その検定手続きによって、この区別の導入を可能にします。しかしこれらの方法だけでは、区別された双方を両立したことにはなりません。これは、統計的な検定方法の限界に関連した制約です。

一般的に――というよりも常識的に――考えれば、帰無仮説が棄却されない場合は対立仮説が否定されるだけです。この場合、検定で主張できるのは「対立仮説が正しいという証拠は無い」という内容に留まります。つまり帰無仮説そのものを積極的に「真」であると証明したことにはなりません。

  • 修正R/S統計量を採用する場合ならば、帰無仮説が棄却されない場合に主張できるのは、長期依存の証拠が不十分であることまでです。「長期依存が無い」という証拠が得られるわけではありません。
  • DFAに関しては、そもそも漸近分布理論がなく、明示的な仮説検定を実施できません。故に帰無仮説が棄却されるか否か以前の問題として、「長距離相関が無い」という証拠は得られません。たとえ経験的信頼区間が α=0.5\alpha = 0.5を含む場合でも、「長距離相関が無い」という証拠が得られるわけではありません。
  • 分散比検定の帰無仮説が棄却されない場合であっても、「時系列データがランダムウォークである」という証拠が得られるわけではありません。
  • BDS検定においても同様に、帰無仮説が棄却されない場合であっても、「時系列データが独立かつ同一の分布である」という証拠が得られるわけではありません。

それ故、こうした検定方法は、精々のところ、<予測可能性の記述>についての予測の「出発点」を提示しているだけに留まります。更なる<分析>の分析、更なる<予測>の予測、そして更なる<記述>の記述が必要であることを仄めかすだけで、明確な方向付けを欠いているのです。

しかし、このような派生的な問題を生み出すにしても、これらの方法は、「時系列データを用いたバイアス」の発見を促す上では十分に機能します。何故なら、こうした「バイアス」が形成されている場合には、別様の分析、別様の予測、別様の記述の可能性が盲点になっているためです。言わばPARAs AIの「時系列ランダム性分析」の機能は、更なる<分析>の必要性についての分析の機能であると言えます。

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